さんさか ネルドリップ珈琲と本と

カッコいい生き方

ふたりが見つけた、いつもの「普通服」
「近々こんな本が出るんです!」と製本前の原稿を前に、林多佳子さんご本人から伺っていたこの本。
「いっぺん行っとこか!」の思いつきで、お店に伺うというより林さんご夫妻に会うのが目的で
苦楽園の「Permanent Age」に行ったのが9月の初旬。
この9月〜10月というのは次の春夏シーズンの展示会の真っ盛りということもあり
早い時間にオッサン二人で店に入るもんだから、「この辺りで展示会か何かで寄ってもらったんですか?」と
声をかけられた。
(ちゃんとした身なりをしてるとまだ洋服屋と見てもらえるようで、それはそれで悪い気はしない。)
 
オッサン二人というのはいつもの相棒、靴屋の先輩。
相棒は林さんご夫妻の前身のお店、20年近く前のイショナル時代を覚えてるそうです。
そもそも林さんとは以前からのお知り合いでもなく、お互いの店のお客というわけでもないし
この時が初対面の我々に、店を始めてから今に至るあれやこれやを、ご主人の行雄さんは海外に買い付けで
ご不在でしたが、奥様が店頭にいらしたので会いに来た目的を告げるとたっぷりと話してくださいました。
年齢を伺うとちょうど我々の親世代とそれほど違わないのでびっくりするけど、まあ本当に素敵な格好いいご夫妻なんです。
ああいう年の重ね方に憧れる。
 
この本のはじめにも書かれているのですが、いい買い物をした満足も、反対に失敗した後悔も含めて
結局のところ「経験」が糧になるんだと。
そんなご主人が40歳を過ぎる頃まで、「5ミリの違い」が気になって仕方なかったと。
股下の5ミリの違いなんて他人には全く分からないのにと。
実際、洋服の生地なんて引っ張り加減では5ミリの誤差なんて当然あるわけで、お直し屋さんでも
一応5ミリ単位での寸法直しを受けてくれているだけです。
自分にとってもこの「5ミリの呪縛」からはまだ解放されていないが昔ほど神経質ではなくなった。
ジーンズは全廃してるし、チノパンさえ店を始める前は穿いていなかった。
パンツといえば、ウールに限らずコットンパンツでさえクリースラインが入ったトラウザーズばかりで
全てパンツがハンガーに掛かった状態の時期が何年もあった。
まあなんと窮屈で不自由な生活をしていたのだろうか。
 
この5ミリの呪縛、自分で弁護するしかないが多くの場合、裾の仕上げをダブルにするから仕方がないのだ。
パンツの素材にもよるが、シングルなら再修理したってほとんど跡が残らずきれいに仕上がるが
ダブルだとその折り返した部分に以前の修理跡が見えることがあるので、ある意味一発勝負みたいで必死になる。
今でもパンツのお直しに出す際、股下を何センチと決めてはいるものの、店に着くまでも考え込むし
渡して伝票に何センチと書かれるまで、あと5ミリ足すか引くかの猶予を残す自分がいる。

最近ならウールのパンツでも、裾をロールアップしてクルクルっと適当な丈で合わすようになったから
楽チンだけど、以前ならこれがスーツとなれば上着の着丈と袖丈、シャツの袖も左右で5ミリ違うとか悩み始める。
パンツの裾丈も腰骨の位置が左右で高さが違うとか気にし始めたら、もう気の毒としか言いようがない。
ネクタイ幅と上着のラペル幅の相性まで気にしたら、もう何がどうなってるのかさっぱり。
でも本当に長いことそんな呪縛に囚われていた。
 
ほとんどの場合、私より大柄な人を基準に服は作られているわけで
そのパターンを小さくしたのが例えば自分のサイズSだったりする。
だから自分くらいの背格好だと、元の基準サイズのシルエットとは微妙に違うように感じるわけで
例えばパンツのシルエットを直す黄金比みたいなのもいつにまにやらできている。
裾幅が何センチで、股下から30センチの膝幅が何センチでとか細かく指示して修理をお願いするので
お直し代が6千円とかすごいことにもなる。
でもこういう自分の「身体の弱点」を知り、それを補う。その積み重ねが好きな服と上手く付き合うコツなのではと。
 
とまあ「5ミリ」っていうだけでこんなにも止まらなくなってしまうが、これが満足と後悔を繰り返した「経験」になっている。
で結局のところ「似合う服ってどんなの?」となるのですが、ご夫妻もおっしゃってることは「身体にあった服を着ること」。
デザインや色柄も大事だけど、とくに大人になったら服の「サイズ感」が重要。

60歳くらいの所ジョージさんの、ああいうラフなカジュアルスタイルがいつまでも格好いいと思って真似しても
サイズが合ってなかったら、いい歳になってもアメカジを着た、ただの若造りなオッサンになってしまう。
あれはずっとあのスタイルを続けている所さんだから格好いいわけだし、つぎ込める財力も違いすぎる。
昔、ちょいワルでお馴染みの雑誌「レオン」の初代編集長が
「こんな読み切りの月刊誌を読んでるだけでは格好いい男にはなれない」とその当時に言っていた。
いまでも表紙を務めるジローラモ氏は、いつになったら「ちょいワル」から本当のワルになれるのだろうか。