さんさか ネルドリップ珈琲と本と

靴と財布とジャケットの大事なこと

日々の100 (集英社文庫)
〜ジャケットのこと〜
白州次郎曰く「ネクタイは忘れても、ジャケットだけは、忘れずにいつも持っていろ」と。
 
松浦弥太郎さんというと、ずいぶんとカジュアルな服装だなあというイメージだったけど
彼が仕事での立場も含めて年齢を重ねるにつれ、子供服と決別して出会ったジャケットを紹介している。
洋服屋勤めだった者からすると、そういうことに気付くにはずいぶん遅い気がする。
最近たまたま、スーツ姿でテレビ出演していた松浦さんを観たけど、紺無地のスーツに白シャツにストライプのタイ。
まるで、リクルートかフレッシャーズみたいなだったので、年相応の素敵な着こなしをぜひ!
 
自分はというと、どういうわけだが高校生の頃からジャケットを着ることに強く憧れていた。
高校生の頃、今でも寺町通りにある古着屋で買ったツイードのジャケットはよく着ていた覚えがある。2千円くらいだったはず。
60〜70年代のファッションが格好良いと信じていた頃。
映画「さらば青春の光」とかフレッドペリーとかモッズファッションが格好良くて
ミスチルの桜井さんもそんな感じで着ていて格好いいと思った記憶がある。
 
そんな傾向からか、ただ人と違う格好がしたかったのか、二十歳を過ぎた頃に意図的にジーンズと決別した。
そうすると必然的に、スニーカーが運動靴にしか思えなくて革靴にしか食指が動かなくなり
全体的にトラディショナルなものばかり選んでいた。
今思うとオッサン臭いモノをと自分でも思うけど、反対に今でも使えるモノが結構あったりする。
定番のモノは流行に左右されないし、長く使うことが出来る。
長く使えるということは、上質で手入れや修理ができるということであり、それには丁寧なつくりであることが重要。
もちろんずっと前からあるものであり、この先30年とか50年経ってもあるものなんだろうと思う。
最新のものが必ずしも従来のものより優れているとは限らないし
人と時間が作り上げた説得力にはかなわないと思う。
 
阿久悠さんが書いている。
「若者はほっといても若者だけど、大人は努力せずには大人にはなれない。」
またこうも、
「日本は若者のための若者による若者文化の社会になり、誰も大人になろうとしない」と。
いわゆる草食系という言葉。
カッコつけたり、背伸びをしなくなった顛末。
憧れの対象となる、格好いい大人が少なくなったのも現実だろうと思う。
自分にとっては、背伸びするのにジャケットが必要だった気がする。
大人への憧れか、中途半端な子供でいることへの居心地の悪さから。